| HISTORY |
| ◆その1:「マツダサバンナ」誕生(実車登場昭和46年) | ||
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| ◆その2:「サバンナRX−7」衝撃のデビュー(実車登場昭和53年) | ||
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・初代サバンナが誕生してから数年後、あのオイルショックが世界の自動車産業を襲った。ガソリンの価格が急騰したのである。 その頃ガソリンを沢山消費する高級車、スポーツカーが大きな打撃を受ける事になったが、とりわけマツダに与えたダメージは大きかった。ロータリーエンジンはレシプロに比べて多くガソリンを消費したそうなのである。ロータリーエンジン搭載車を多く展開していたマツダは窮地に追い込まれた。 そんな中登場したのがこの初代サバンナRX−7である。サバンナとは違い全くオリジナルの車種として開発、随分と低く、そしてリトラクタブルヘッドライトを備えた外観デザインは一躍注目を浴びた。 更に車両重量が軽く、また新型のロータリーエンジンを搭載した為走りも優れていたそうで、しかも最も安い仕様で120万円台という驚異的な低価格も相まって、発売当時は何と月に数千台も売れた事もあったようである。 この車が誕生した時は私が幼少の頃で、その頃から車が好きになっていた私は幼稚園時代によくこの車を見かけたものである。写真のテーマカラー、グリーンメタリックも沢山見かけた。 幼稚園に自動車の写真入り簡易図鑑が置いてあって、この車が夕暮れの砂漠に停まってヘッドライトを点灯している写真が載っていたのを強く覚えている。そしてこの車はとてもカッコいいなあ、速そうだなあと思っていたものだった。また走り去った後のリヤテールランプの姿も強烈に印象に残っている。 そんな思い出深い車種だからトミカも是非欲しかったのだ。しかし絶版の美品は非常に高くて手が出なかった。しかし最近になっていくつか復刻版が発売されて助かった。しかも2001年には細部がより精巧に造られたトミカリミテッド版も発売されたのである。 |
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| ◆その3:本格的ピュアスポーツ・FC3S(実車登場昭和60年) | ||
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・初代サバンナRX−7はターボ車を追加するなどして7年もの長きに渡って生産され続けられた。その後満を持して登場したのが2代目RX−7、通称FC3Sである。 この車の外観デザインは当時の私には独特に見えた。ブリスターフェンダーを備え、初代よりふくらみが増して豪華になったなあと思っていたのだ。しかしこのデザインが一部でポルシェの影響が大きいと言われていた事は随分後になってから知った。確かに928などに似てはいるがそれでも個人的には日本車的な上質感とスポーティ感が備わっている良いデザインだと思っている。 初期は白、グレーなど地味なボディカラーしか無かったそうだが、幾度か改良されエンジンのパワーアップに合わせて外観も迫力を増していった。私が中学に入った頃まで実車は現役で、当時の自動車書籍を見るとモデル末期になって完成度が高まり、販売実績も上がっていったのである。私が最も好きな色は写真のようなブレイズレッドであった。他にブリリアントブラック色もスポーティだった。 平成に入ってこのFCがモデルチェンジされアンフィニRX−7になった頃、私たち中学生の間では賛否両論があった事を今でも覚えている。それは完全にデザイン的なものだけであったが、当時はバブル期で思い切ったデザインより中身がギュッと詰まったような質感の高いデザインが好まれていた為、「俺はサバンナRX−7の方が好きだ! アンフィニのスタイルはよく分からん」と言う友達も結構多かったのだ。 また、このFCについては後のアンフィニRX−7(通称FD3S)が登場した後もカブリオレタイプがしばらく併売され、その最終モデル「ファイナルエディション」のカタログをメーカーにお願いして残念ながら送ってもらう事が出来なかったという思い出もある。何でも部数が足りなくなったらしく、それほどFCは多くのファンに支えられてきたのだなと思った。 尚、この型のトミカは漫画「頭文字D」での人気もあっていくつか復刻されてきたので集めるのは比較的容易であった。しかし絶版美品はやはり高い。 |
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| ◆その4:世界唯一となったロータリースポーツ・FD3S(実車登場平成3年) | ||
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・時はバブル期、R32スカイラインGT−RやフェアレディZ、NSX、GTOなどそうそうたるスポーツカーが君臨していた時代に、これまた満を持して誕生したのがアンフィニRX−7(通称FD3S)であった。 曲面を多用し、初代サバンナRX−7のように徹底的に低くデザインされた外観スタイルは大変独特だった。価格もバブル期と言う事で一気に高級になり、400万円近くにもなったのだ。当時まだ中学生だった私はこの車には大変驚いたのである。 早速実車のカタログを注文して送ってもらい、これまた驚愕。当時のカタログは非常に豪華で分厚かった。またカタログに載っているボディカラーも派手なものばかりだった。シルバーストーンメタリック、ヴィンテージレッド、ブリリアントブラック、コンペテションイェローマイカ、モンデゴブルーマイカ・・・。何と今となっては常識のホワイトが無い! この辺りも独特で強烈なブランド力を感じた。 当時私たち中学生の間で賛否両論のあった外観スタイル。しかし私は「本格的スポーツにこだわっているみたいで良いのではないか」と思っていた。実際サイドドアの絶妙な曲線カットは何とも言えなかった。またそのラインを強調する為なのかドアノブはウィンドー部にビルトイン、ブラックアウトされているとの懲り様だ。私は当時の国産スポーツカーの中ではこのFDとZ32フェアレディZのスタイルが最も好きであった。 何とこのFD、今も現役で生産されているのだ。そしてその美しいスタイリングは全く旧さを感じさせないばかりが未だに憧れでもある。今ではすっかり少なくなってしまったスポーツカー界の中で結構台数は売れているようだ。何せロータリー搭載車はこのRX−7のみになってしまったから。 そんな独特な個性を放つFD型RX−7のトミカの登場は意外にも遅く、ブランド名が「マツダRX−7」になった後、見た目の大掛かりなマイナーチェンジがされた後のスタイルが採用され、99年に登場したのだ。しかしこの登場は私にとっては大変嬉しかった。しかも色は新登場のイノセントブルーマイカだったのだ。その後も数々の限定仕様などで多くのボディカラーが手に入り、まるでガレージに高級スポーツカーをコレクションしているかのような気分になった。また最大の特徴であるサイドドアの曲面がきれいに再現されているのが非常に良い。 |
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